日本ヘンデル協会では、ヘンデルの時代に行なわれていた舞台上演のさまざまな習慣や技法を探っていますが、なかでも歌手の所作であるバロック・ジェスチャーに力を入れています。
実践の場としてのジェスチャー研究会をほぼ毎月開催。発表の場としての演奏会もあります。
● ジェスチャー研究会 ●
ジェスチャー研究会では、テキストをより理解するためにはじめられた対訳講座と、バロック・ジェスチャーを実践する講座が行われています。対訳講座ではバロック・ジェスチャーに必要な単語ひとつひとつの意味を知るために、可能な限り逐語訳を心掛け、参加者全員が課題となったテキストの対訳を提出し、添削と詳しい説明を講師から受けることができます。また、実践では当時の舞台上の所作であるバロック・ジェスチャーを実際に演奏しながら習得します。その過程でレチタティーヴォの演奏法やアリアの解釈などを含め、バロック時代の声楽作品をより深く解釈する場となっています。
- ジェスチャー研究会 内規 - (PDF)
次回のジェスチャー研究会
2026年10月13日(火)
申込締切10月6日(火)
回答期間:10月4日~6日
2026年11月10日(火)
申込締切11月4日(水)
回答期間:11月2日~4日
時間:12:00~16:00 (予定)
会場:桜上水べリエスタジオ
● 内 容 ●
* 課題曲:”Ninfe e Pastori”のA-version HWV139a
(レチタティーヴォとアリアの組み合わせを1つ以上暗譜の事)
※ソプラノ以外の声部の方は事前に曲目をご相談ください。
* 参加費:会員は無料、非会員は5,000円(当日入会可能)
次回の対訳講座
2026年9月29日(火)
提出期間:9月15日~17日
2026年10月27日(火)
提出期間:10月13日~15日
時間:14:00~17:00
Zoom開催
● 内 容 ●
対訳講座は原則参加といたします。
当日欠席の方も、締め切りまでに対訳をお送りいただければ、対訳講座の録画を差し上げます。
添削、解説資料は参加者のみとさせていただきます。
時間:14:00~17:00 Zoomにて。
課題:Handel作曲 ソロカンタータより、
62. Solitudini care, amata libertà, HWV 163より
§ 9月29日(火)、提出期限9月17日(木)提出期間:9月15日~17日
Recitativo:Solitudini care, amata libertà,
Aria (Alla breve):Sei bugiarda umana speme
§ 10月27日(火)、提出期限10月15日(木)提出期間:10月13日~15日
Recitativo:Gloria di bella fama
Aria:Bella gloria in campo armato
提出していただくものと書式:対訳と単語調べの2種類
提出方法はこちらのリンクからご確認下さい。(前回提出された方も必ずご確認ください)
https://drive.google.com/file/d/16_ra6VzY3BRiFwUPhGDc7JcZBcyfFcnf/view?usp=drive_link
* 提出期限をお守りください。日付をまたいでの提出はご遠慮ください。
* 会員のみ対象の講座となります。
★ バロック・ジェスチャーとは?
バロック・ジェスチャーとは、バロック時代の舞台所作で、当時はヘンデルのいたイギリスだけでなく、大陸のフランスはじめヨーロッパ全土で伝統的に受け継がれていました。
オペラ・演劇といった舞台芸術だけでなく、貴族や社交界でも紳士淑女の礼儀作法としてこうした所作が行なわれていたと考えられています。
後世のリアリズム演劇、より現実の人間の動作に近付けようとする演技法とは異なり、決まった約束事、すなわち様式化した動きを基本にしながら、その上に演技を付けていくという考え方です。
手足の動きだけでなく、役者・歌手の立つ位置、上手・下手からの出入りの仕方など、さまざまな取り決めがあります。
バロック・ジェスチャーは21世紀の私たちにとっては馴染みの薄いものかもしれませんが、日本には能や歌舞伎といった、リアリズムではなく、様式化された舞台芸術の伝統がありますから、慣れてくれば案外違和感なく感じ取れるのではないでしょうか。
バロック・ジェスチャーについて、またヘンデル時代の舞台について紹介した文章を、当協会の演奏会プログラムから紹介します。
ヘンデルのオペラ ― 舞台上演をめぐって
柳本 洋子(日本ヘンデル協会会員)
(2005/10/23 日本ヘンデル協会 オペラ《アグリッピーナ》公演プログラムから)
【オペラ・セリアの構造】
バロック・オペラの上演に対する関心は、ヨーロッパを中心に近年特に高まりを見せてきました。CDやDVDも続々と発売されオペラファンをわくわくさせています。日本ではヘンデルといえば長年のあいだオラトリオ《メサイア》の作曲者としての印象が強かったでしょうが、いまやオペラ作曲家としての姿を世に現しつつあります。しかしヘンデルを含むバロック時代のオペラ・セリアと19世紀以降のオペラでは、作曲方法にも上演の仕方にも幾分の違いがあります。
19世紀といっても、初期のロッシーニやドニゼッティの作品と、ヴェルディの後期作品やワーグナーの作品では全く違いますので、一概には言えません。ただ、18世紀と比べて言うなら、19世紀の経過中にアリアごとに番号を付けて区切っていくという作曲法は少しずつ揺らいで、それと共にレチタティーヴォとアリアを一組とする方法もすたれ、劇的一貫性を重んじる方向へと向かったのです。
それに対して18世紀のいわゆるオペラ・セリアの構造は、登場人物が背景とともに一枚一枚の絵となって並べられたような、数多くの場の連続で成り立っています。少し説明をしておきましょう。話の筋は語りに近いレチタティーヴォによって進められ、筋がある点に達したときに、情緒を表現する歌であるアリアが歌われます。したがってそこでは劇的な流れが一時的に中断されますが、アリアの歌詞はその場面での登場人物の感情表現をたっぷりと行うので、極めて重要なのです。その歌詞は感情表現にとどまらず、そこからの大胆な連想や比喩なども多く、含蓄の深いものとなります。話の流れから飛び出していわば別の世界に遊ぶともいえるでしょう。歌い終わった歌手は舞台から退場し、再びレチタティーヴォが筋書きを語り継ぎます。このようにしてレチタティーヴォとアリアの交替が起こることで場の連続となるのです。
アリアでは歌っている人以外の登場人物がしばしの間静止し、身体の型を美しく決め、背景とともに一枚の絵となります。そこに繰り広げられるのは動的ではなく静的な様式美の世界といえましょう。舞台上の演技は、自然なものというよりは、様式化された身ぶりだったと思われます。オペラ・セリアは荘重さや形式が大切であった貴族社会の芸術だったともいえるでしょう。やがてストーリーの一貫性やリアリティーを求める近代演劇の風潮に押されて衰退の運命をたどりました。そしてその様式や精神も少しずつ忘れられていったのです。
日本には能や歌舞伎という様式美の芸術が、現在まで絶えることなく受け継がれています。歌舞伎では見得を切る所作が、背景とともに静止した一幅の絵を描きますし、約束事や暗示という要素も舞台を成立させるのに重要です。このような伝統をもった私達日本人には、オペラ・セリアの構造の理解が比較的容易かも知れません。
【様式化された身ぶり~ジェスチャー】
それでは様式化された身ぶり、つまり情緒を表わすジェスチャーの形とは、実際にどういうものだったのでしょうか。古代ギリシアやローマでは弁論の内容をよりよく効果的に訴えるために修辞学や弁論術が盛んになりましたが、それは時代を経て継承され17・18世紀までは教養のひとつとして学校でも教えられていました。学生はジェスチャー付きの詩の朗読や演技を練習していたようです。ヨーロッパの地域や時代によって多少の違いはあっても意外なほど共通点が多く、ある一定の型が存在していました。ただしこの伝統もリアリティーを求める時代の潮流の中でやはり断絶される運命にありました。
そういう失われかけた伝統を残そうとしてか、18世紀から19世紀初頭にかけて著された所作に関する文献が伝わっており、それらによって当時のジェスチャーの実際を伺い知ることができます。たとえばギルバート・オースティン『カイロノミア、すなわち修辞的話法に関する論文』(1806)、ヘンリー・シドンズ『修辞的ジェスチャーならびに演技の実用的図解』(1807)などがあります。前者は手や身体で作る形を絵で示すだけでなく、記号を駆使して動きの方向や重心の置き方を詳細に記しています。これら弁論や詩の朗読や役者の演技に用いられていた身ぶりが、オペラ・セリアのレチタティーヴォにおいても重要な役割を果たしていたという可能性は十分にあります。
具体的な例として、上記の文献を参考に描写した図および写真を示しておきます。現在ヨーロッパの古楽界では、このような資料から得られた知識に基づいて、バロック時代の声楽作品演奏に向けた演技指導の機会が見られるようになってきたことも付け加えておきましょう。
涙
拒絶
天・神
ジェスチャー:原 雅巳
笠原 潔 編著 『西洋音楽の諸問題』放送大学教育振興会より(撮影・福田 稔)
思案する
祈り
数える・列挙する
内省する
【舞台空間の様子】
さて、様式美を求める舞台上ではいろいろな決まりごとがあります。ジェスチャーを使って表現されるのは主にレチタティーヴォの部分です。話の内容を身ぶりを使って訴えるためです。それに対してアリアにはジェスチャーはあまり取り入れられないのが普通です。筋書きに差しはさまれるアリアは音楽の聴かせどころ、歌手の技巧の見せどころでもありますし、筋書きから離れて一時的に別の世界へ飛ぶのですから。さらに別世界にいることを示すために歌手は舞台の前の方へ出て歌います。その場面で担っているアリアの役割によって、どのくらい前に出るかが違ってきます。
また登場人物が立つ位置関係にも意味があります。たとえば身分の高い人や正義の人は演技者の側から見て右から登場し、舞台上ではやや右側か中央に位置し、右手から退場しますが、身分の低い人や悪役はこれが左からになります。なぜなら「右」は正しく「左」はその反対という概念があるからです。ここで言う右、左は、聴衆から見た場合は反対になります。もちろんこれはあくまでも原則です。登場人物の配置は、身分は高いが悪意を抱いているとか一時的な地位の逆転など、時に応じて考えられなければなりません。
ついでに言うと、右手優位の概念に基づいてジェスチャーは右手主導で行われます。左手は不吉なことや悪いことを示す時以外は補助的な役割を果たします。
もうひとつ例をあげておきましょう。二人の人物が舞台上にいる場合は向き合うのではなく、歌っている方が奥、語りかけられている方が前方に、お互いが斜めの位置関係になるように立ちます。こうすることによって顔を観客の方に向けることができるとともに、書き割り(舞台の左右に対称的に設えられた風景などの分割画)のあいだから差す照明が人物の顔に影を作ることもないのです。
書き割りを含めて舞台の転換は、幕をおろすことなく客の目の前で素早く行われ、音楽を止めることはありませんでした。それというのも一幕の中でも数回の転換があり、そのたびごとに話の流れ、音楽の流れを止めるわけにはいかないからです。
こういった舞台上の様子は、実は劇場の構造と深い関係があります。この時代の多くの劇場はたいへん奥行きの深い舞台を持っていました。そのため登場人物の立つ位置が重要な意味を持つことができたのです。また、舞台背景についての一例をあげるなら、奥行きの中ほどに背景画を設置してそれをさっと取り除けば、瞬時に近景と遠景の場面を転換させることが可能でした。
こうしてオペラ・セリアの構造、弁論術の伝統、舞台の様子を踏まえたうえで、ヘンデルのオペラ台本に書かれた背景および場の設定や卜書きなどを読んでいくと、当時のオペラ上演の姿が生き生きと浮かび上がってくるはずです。
【今回の上演の意図】
ヘンデルのオペラ上演の多いヨーロッパではさまざまな演出スタイルがあり、聴衆の関心を引きつけるものも多いことでしょう。しかし作品(この概念も当時とこんにちでは異なりますが)に宿っている核心にふれる演出はどのくらいあるのでしょうか。国内での上演数が比較的少ないなか、日本ヘンデル協会ではオペラ作品の上演を手掛けてきました。当協会では1998年の創設以来、バロック時代のオペラ・セリアを理解するために、当時の様式表現の研究・実践を試みています。声楽会員は文献に基づいて実際に身体を動かして演技の練習を積み、音楽に乗せ、ヘンデルの劇的カンタータやオペラの演奏会を開いて世に問いかけてまいりました。
私達の目標は、ヘンデル当時の演出や演技方法をそっくりそのまま復元することではありません。
しかし現代において作品の本質を見失うことなく上演するためには、まず基本的な姿勢としてその時代のことをよく知り、身につけることが重要ではないでしょうか。そのうえで、現代人のこころに訴えかけるヘンデル・オペラの表現につなげていきたいと願っております。
柳本 洋子(日本ヘンデル協会)
★ジェスチャー研究会・講師 紹介
● 原 雅巳 声楽家(ソプラノ)
東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。同大学院独唱科修了。1993年渡仏、オルレアン・コンセルヴァトワール(フランス)声楽家課程を一等賞で修了。ジュネーヴ・コンセルヴァトワール(古楽センター)を最優秀(審査員一致)で修了。
声楽を嶺貞子、佐竹由美、ジャクリーヌ・ボナルドーの各氏に、バロック歌唱法、およびバロック・ジェスチャーをベアトリス・クラモア、 解釈をイヴォン・ルペランの各氏に師事。
1994年バークレイ(USA)古楽音楽祭に招聘され演奏。第33回ブリュージュ(ベルギー)国際古楽コンクール入選。フランス、スイスにて活動後97年帰国。以後、フランス・ルネッサンス、バロック音楽を中心に演奏活動。カンプラ、モンテクレール、クレランボー、ラモーなどのカンタータ演奏多数。
ソロアルバム「ふらんすの恋歌」(2005)、ラ・フェート・ギャラントと「パリの悦楽」(2006)をリリース。
故渡部惠一郎氏のもと、バロックジェスチャーの研究を本格的に行う。2001年には第69回日本音楽学会・東洋音楽学会の合同例会にてパネリストを務める。2005年放送大学の「西洋音楽の諸問題」に客員講師として出演。
1998年に創立された日本ヘンデル協会では、バロックジェスチャーの講師を務め、協会主催の公演に出演する傍ら、演出および演技・歌唱指導を行う。